なぜ小田原・江之浦の柑橘は美味しいのか?気候と段々畑が生む物語

小田原の柑橘農園・内山柑橘園

神奈川県西部に位置する小田原。 海と山がすぐ近くにあって、温暖で、窓を開けると潮風と豊かな緑が感じられる、本当に気持ちのいい街です。

そんな小田原の中でも、僕たちが畑を構える江之浦(えのうら)をはじめとするエリアは、実は昔から美味しい柑橘を育む「産地」として知られています。この場所で育つ柑橘がどうして美味しいのか。

その秘密は、この土地が持つ「気候」と、先人たちが築き上げた「段々畑(石垣)」の絶妙な組み合わせにあります。今回は、僕たちが農業をしている小田原市江之浦とみかんなどの柑橘栽培のことを少しお話したいと思います。

目次

柑橘栽培に最高の舞台:小田原の気候的メリット

収穫
海と山が織りなす小田原の風景

小田原でのみかん栽培の歴史はとても古く、江戸時代(元和年間)に紀州から早川村に導入されたのが始まりと言われています。当時から、江戸という巨大な消費地に近い東海道の要衝として、その栽培が奨励されてきました。

この土地がこれほど柑橘に向いているのは、大きく分けて3つの理由があります。

  • 相模湾の暖流(黒潮): 年間を通じて温暖な海洋性気候で、冬でも気温が下がりにくい。
  • 箱根山の防風壁: 北側にある箱根山が、冬の冷たい北風をしっかりと遮断してくれる。
  • 海の恩恵(天然のヒーター): 海からの反射光と熱を斜面で効率よく受けることができる。

特に、冬の最低気温が氷点下を下回ることが少ない「無霜地帯」に近い環境は、寒さに弱い常緑果樹の柑橘にとって絶好の条件。山と海に挟まれたこの絶妙な気候が、美味しいみかんを育てるベースになっています。

なぜ「段々畑」と「石垣」が美味しいみかんを作るのか?

小田原の斜面を見上げると、見事な「段々畑」が広がっています。実はこの景色こそが、最高品質の柑橘を生み出すための大切なポイントなんです。

1. すべての木にたっぷりの太陽光を

平地で同じように日照環境を整えようとすると、木と木の間をものすごく広げなければいけません。しかし、急傾斜地の段々畑なら、高低差のおかげでどのみかんの木にもたっぷりと太陽光線が当たります。さらに、目の前に広がる相模湾からの反射光もプラスされ、木々がめいっぱい光合成をして甘みを蓄えていくことができます。

2. 石垣が天然の「カイロ」になる

この地域の段々畑の大きな特徴は、きれいな「石垣」で組まれていることです。日中に太陽で温められた石は、夜になるとみかん畑のカイロの役割を果たし、冬場の冷え込みから畑を守ってくれます。

3. 余分な水分をスッと逃す水はけの良さ

「植物にはたっぷり水が必要なんじゃないの?」と思われがちですが、実は糖度の高い美味しいみかんを作るには「余分な水分」は控えたいもの。平地の産地ではこの水分管理に大変な苦労をしますが、この地域の畑は違います。段々に仕切られた畑の一方が全面石垣に覆われているため、雨が降っても石垣の隙間から効率よく排水される仕組みになっています。

僕たち生産者にとっては、急斜面での作業は決して楽な環境とは言えません。けれど、みかんの木にとっては、これ以上ないほど理想的な舞台なんですよ。

時代を越えて受け継がれる「小田原みかん」の歩み

そんな小田原の柑橘ですが、道のりは決して平坦なだけではありませんでした。歴史を振り返れば、いくつもの大きな荒波を乗り越えてきたんです。

昭和46年のグレープフルーツ輸入自由化、そして翌年の豊作による生産過剰…。これらが重なり、みかんの市場価格は記録的な大暴落に見舞われました。当時、丹精込めてみかんを育てていた農家さんたちが受けた衝撃は、計り知れないものだったと思います。そこから、小田原の柑橘生産も徐々に縮小の道をたどることになりました。さらに追い打ちをかけるように、1991年にはオレンジの輸入が完全自由化。時代が大きく変わる中で、日本の柑橘産地は厳しい競争の渦中に投げ込まれました。

急傾斜地のみかん畑

小田原の産地としての強みである「急傾斜地」は、実は現代の農業においては大きな壁でもあります。平地であれば機械で効率よく行える作業も、この斜面では機械が入らず、すべて人の手と足に頼らざるを得ません。収穫した重い果実を背負って急坂を上り下りする作業は、想像を絶する重労働です。

こうした時代の変化と、急斜面という地形的なハンディキャップが重なり、この素晴らしい環境でありながら、手入れができずに放置されてしまった「耕作放棄地」が増えてしまったのも、偽らざる現実です。この美しい景観が、今、岐路に立たされていると言っても過言ではありません。

けれど、僕はこの「急傾斜地」こそが、小田原の未来を切り拓く鍵だと信じています。機械化できないからこそ、そこにしかない「人の手でしかできない美味しさ」や「物語」が詰まっていると思うんです。

僕たちがこの場所で、柑橘の「ぜんぶ」を届けたい

畑のある小田原市江之浦の風景

僕たち兄弟が新たに始めた「内山柑橘園」でも、荒れてしまった耕作放棄地を一つひとつ自分たちの手で開墾し、再生させることから挑戦しています。何もないところから苗木を育て、理想の柑橘がみんなに届くようになるには、何年もの長い年月がかかります。

僕たちが掲げるテーマは、「味も、香りも、体験も、柑橘のぜんぶで心を動かそう」

この急傾斜の段々畑で、海風を浴びながら育った柑橘の「味」や「香り」はもちろん、実際にこの小田原・江之浦に足を運んでもらい、目の前に広がる青い海や山を見て、空気を肌で感じてもらう。そんな「体験」そのものをまるごと楽しんでもらえるような場所を、いつかこの手でつくりたいと思っています。

農業で新規に挑戦している僕たち兄弟だからこそ、デザインやクリエイティブの力も掛け合わせながら、この小田原の地から新しい表現にどんどん挑戦していきます。

この歴史ある小田原の柑橘の未来を、そして僕たちのこれからの挑戦を、ぜひ楽しみにしていてください!

目次